夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

7つの小品(完結)

新緑の草原

今宵は夢見月。 もしも夢で逢えたら、私の手を引いて連れていって。 目的地はまだ先よ。息が切れても止まらないで。この手を離さないで。 あなたが疲れたら私が引いてあげる。 新緑の草原はもう目の前。だから幕が下りるその時まで、私に夢を見させて。 あな…

黄金色の海

海に臨む丘。ここから見える朝日は、ほんのひととき、水面を黄金色に染める。 なんて贅沢な景色。 輝く光を全身に浴びて、私は大きく背伸びをした。 道端の猫が気怠げにニャーと鳴く。 「おはよう」 今日も、新しい一日が始まった。

濃藍空

夜は、何もかもが深くなる。言葉でさえ、必死に掴もうと握る指先から、空に零れ落ちてゆく。 私は思う。すり抜けていく言葉を見送りながら。輝く星に目を細めながら。 そして私は、残された手のひらの言葉に希望を託す。 「これは私だ」 形のない言葉を濃藍…

紅差し指

化粧をするとき、ふと思い出す風景がある。それは化粧台の前に座る祖母の姿だ。 祖母は化粧台の前に正座をして、丁寧に紅を差していた。薬指で紅をすくい、そっと唇を撫でる姿は今でも鮮明に思い出せる。 振り向き私を見て笑う祖母は華やいで見えた。モノク…

夕方オレンジ

放課後の教室。机に頬杖をつきながら、うっすらと開けた瞼の隙間から夕陽の端っこを捉える。 開け放った窓から入る生暖かい風と、部活を終えた学生たちの笑い声。 誘われるように窓際に立ち、眺めた空は一面オレンジ色。温かくて、少し寂しい。 グラウンドを…

紫陽花

幼い頃の、母との思い出。 雨の日の散歩中、道端に咲く紫陽花に足を止め、傘を差し出した私。 「どうしたの?」と微笑む母。 「お花さんが可哀そう」 「紫陽花はたくさんお水を飲んだほうが、きれいに咲くのよ」 そう言って屈んだ母は、大きな傘に私を入れて…

青い凪

朝、人気のない道を自転車で走る。背中を押す優しい風で、思いのほかスピードに乗った。切ったばかりの髪が風になびく。 いつもは学校へ向かう坂を今日は横切る。今日の行先はちょっと違うから。 だんだん近づくにつれて、気配が変わってきた。何となくわか…