散文NEO-11『雨の日』
ここ数日、雨の日が続いていた。そんな中、今日は久しぶりに天気予報から傘マークが消えていた。
「今日は久しぶりに降水確率が0%だったな」
パソコンの画面を見ながら独り言のように呟くと、向かいの席の花崎さんが拾ってくれた。
「そうですね。空は相変わらず曇ってますが、雨が降っていないだけ気分もマシですね」
「足元が濡れないだけマシだな」
「そういえば、今日会社に来る途中、近所の猫が顔を拭いてたんですよ。あれってもしかして『猫が顔を洗っていたら雨が降る』ってやつだったですかね」
確かにそんな話を聞いたことがあるが。
「しかし今日は降水確率0%だったぞ。これで降ったら天気予報の信頼性が揺らいでしまう」
「0%かぁ。そうですね、0%っていうくらいだから、これで降ったらマズいですね」
そんな話を二人でしていると、横から小林君が話に混ざってきた。
「降水確率0%でも、雨は降るみたいですよ」
「何?」
ほうほう、それはどういった料簡だろうか。ぜひ聞いてみたいものである。
「その心は?」
小林君はスマホを片手に何かの記事を読んでいるようだった。
「0%と言っても、それは完全な0のみを指すのではなく、0から4%までの数値を四捨五入して『0』と表示しているに過ぎないようです」
「なるほど、つまり今日も最大で4%の確率で雨が降る可能性があるということか」
「そうです。可能性はまだありますね」
すると、それを聞いていた花崎さんが声を上げた。
「えーそれじゃやっぱり今朝の猫はその4%ってことじゃないですか」
「まぁ、それはいわゆる言い伝えみたいなものだろう。それに4%自体、そうそう降るわけないだろう」
「それは、どうでしょうかね」
小林君は不敵な笑みを浮かべながら、更に言葉を続けた。
「動物や自然現象が雨を予知しているというのは、昔から言われていますからね。例えば他にも『ツバメが低く飛んでいたら雨が降る』とか『飛行機雲が長く残ると雨が降る』とか」
「確かにそれも聞いたことがある」
「これらの言い伝えもちゃんと根拠がありますからね。全て湿度に関係しての現象ですから、あながち蔑ろにも出来ません」
今日の小林君は饒舌である。どことなく今日の小林君はハトソン君に雰囲気が似ていた。彼もまたこういう話が好きなのだな。
「雨降ったら困りますよ。私今日、傘持ってきてないんですから」
「折り畳みも無いのか?」
「最近ずっと雨だったんで傘を持ち歩いてたから、折り畳みも置いてきちゃいました」
「それはそれは。しかしまぁ、降ると決まったわけではないからな。あくまで4%の話だ」
「そうですよ、花崎先輩。4%なんて『0』ですよ、ほぼ」
散々煽っておいて、小林君もなかなか言いよる。
「そう言えば、僕の地元ではもう一つ、雨が降る前の現状があって」
「ほう、それは何だい?」
「雨が降る前は風が臭くなるんです」
「風が臭いと?」
「何それ、やだー」
「はい。地元が海の近くなんですが、海沿いに海産物の加工場があるんです。なので海側から風が吹くとその加工場の匂いが町中に漂うんですけど、それはつまり、海側から湿気を含んだ風が吹いてるってことなんで、もうじき雨が降るぞって言われてるんです」
「なるほどな。それも根拠があってのことか。しかし嫌だな。ただでさえ雨が降って嫌な思いをするのにその前兆が臭い風とは、ダブルパンチではないか」
「確かに、それは考えたことありませんでした。せめていい匂いだったら良かったですね」
「いや、それもどうなのよ。いい匂いがし始めたら雨って、カオスね」
花崎君は失笑した。
そこへ、銀行へ出かけていた荒川さんが戻ってきた。
「ただいま戻りました。いやいや、ギリギリセーフだったみたい。どうやらちょうど今、雨が降って来たみたいですね」
サラリと発せられた荒川さんの言葉に、我々三人はほぼ同時に窓の外に目をやった。
窓の外の景色は全く変わらないようであったが、しばし眺めていると、一筋の線が視界を横切った。
「あ!」
最初に声を上げたのは花崎さんであった。
「うわぁ、降ってきたじゃん、小林!」
「いや、僕のせいじゃないですよ。4%の確率が当たっちゃいましたね」
小林君はニヤリとしていた。さっきは「4%なんて『0』ですよ」と言っていたのに、まだまだよく分からない男である。
「まぁまぁ、花崎さん。4%が当たるなんて、考えようによっては運が良いことかもしれないぞ」
私はフォローしたつもりであったが、花崎さんには届かなかったようだ。
「今日はもう私ダメです。テンション上がりません」
うな垂れた花崎さんはそれ以降、極端に口数が減ってしまったのである。