夜がな夜っぴて考え事…

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散文48『出来る男の第一歩』

 ハトソン君は、仕事中にコーヒー、もしくは緑茶を飲む。普段は始業前や休憩時間に、給湯室でインスタントのものを淹れて飲んでいることが多いが、今日はちょっと違った。今日は机の上にマグボトルが置いてあったのである。

「今日は自宅から持ってきたのかい?」

 私の視線がマグボトルに向いていることを察したハトソン君は、「これですか?」とそれを持ち上げた。

「中身はコーヒーか何か?」

「はい、朝淹れてきました」

「へぇ。どうしたんだい、急に」

「特にこれといって理由はないですが、最近コーヒー豆を買いまして」

「豆? もしかして豆から挽いて淹れたとか?」

「えぇ、まぁ」

「すごいなぁ」

 私が上げた感嘆の声に、少し照れたような表情を見せたハトソン君。

「詳しいことは分からないので、とりあえずネットで調べて見よう見まねですが」

「まぁ、奥が深い世界だからな。突き詰めていったら切りがないと思うが。それにしても、確かに自分で豆から挽いて淹れたのなら、ボトルに入れて持って来たくなるのは分かるな。十分な理由じゃないか」

「まぁ、そうですね」

「しかし、コーヒー豆を買うとは。毎日飲んでいるとはいえ、豆に手を出すのは勇気がいるな」

「私も全然詳しくはありませんが、自分で楽しむ分にはそこまで難しいことはないですよ。プロから見れば笑われるような飲み方かもしれませんが。いいもんですよ、朝からコーヒーの香りがするというのは」

「確かに、コーヒーの香りはリラックス効果もあるからな。贅沢な時間だな」

「その代わりに、今までよりも早く起きる必要はありますが」

「むむ、それが一番ハードル高いな」

「しかしその分の価値はあると思います」

「贅沢するには代償も必要ということか」

 私は、以前早寝早起きを心掛けていたことがあったことを思い出した。しかしそれも過去の話。今ではそれまで通りの生活スタイルに戻ってしまい、決して自慢出来るような生活ではなくなってしまっていた。もし早寝早起きを実践して、朝から自分でコーヒーを挽いて、淹れたてのコーヒーを飲みながら朝日を浴びようものなら、最高の一日の始まりではないか。そして朝からスッキリした頭で仕事をこなして、実績まで上げようものなら、まるで絵に描いたような『出来る男』である。

「よし、私もコーヒー豆を買ってみよう。ちなみにハトソン君はどこで豆を買ったんだい?」

「それは… 秘密です」

 なんと、秘密とは…

「でも、その辺のチェーン店でも売ってるんじゃないですか? ス○バとか、ド○―ルとか」

「それはそうかも知れないが…」

 てっきりハトソン君のことだから、どこか有名な店で買ってきたのかと思いきや、秘密にされるとは。その辺のチェーン店では何だか味気ない気がするが、そんなことを言っても埒が明かないのも事実。

「まぁ、ちょっと行ってみるか」

 少々腑に落ちないところではあったが、ひとまず、出来る男の第一歩を踏み出そうと私は決心したのである。