夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

散文26『ランニング』

 先日足がつった。これは完全に運動不足である。確かに、思い出そうとしてもいつ運動らしい運動をしたか思い出せない。久しぶりに思い立って、私は下駄箱の奥から昔使っていたランニングシューズを引っ張り出してきた。

 さてどこを走ろうかと思ったときに頭に浮かんできたのは、まずはジム、そしてもう一つは部屋の近所である。ジムは設備が充実して至れり尽くせりである。しかしお金が掛かるし、景色が変わらないルームランナーでは物足りない感じがする。家の近所は走った距離の達成感が味わえるし、風を感じられて爽やかである。そしてお金が掛からない。しかし人の目が気になる。ジムは共通の目的を持った者たちの集まりであるから、何となく仲間意識を感じられるが、外を走る場合はランナーがイレギュラーな存在である。ウェアも気にするし、信号待ちなどでの見られ方も気になってくる。

 さてどこを走ろうか。お金を取るか、環境を取るか。様々な脳内シミュレーションをした結果、私は一つの結論を出した。

 結論が出たからには、後は行動に移すのみである。幸い今日は天気がいい。私はランニングウェアに袖を通し、玄関でシューズを履いた。

 玄関のドアを開けると眩しいほどの日差しを感じた。思いのほか暑い。私は玄関ドアの前で入念にストレッチを行った後、ゆっくりと走り出した。

 久しぶりのランニングである。私ははやる気持ちを抑えながら、スローペースで走った。もう若いころのように気持ちでどうにかなる歳でもない。調子に乗らず、慌てず、明日に疲れが残りすぎないように気を配りながら、時々景色に目をやりながら。

 しかし、人間というのは愚かである。いや私が愚かなだけである。調子に乗ってしまった。ランニングを続けているうちに何だか気分が良くなって、自分でも気づかないうちにペースが速くなっていた。気づいたころにはすでに吐き気を催していた。これが熱中症によるものか、ただの運動不足によるものなのかは分からない。私は朦朧とする意識の中、腰掛けられる場所を見つけて座り込んだ。

 呼吸を整えながら、天を仰ぎ、深呼吸を繰り返していると、何となく気持ち悪さが引いてきたような気がしてきた。しばらく休憩しているうちに、気分はだいぶ回復してきた。どうやら単に運動不足によるものだったようだが、安全を期して近くの自動販売機でスポーツドリンクを購入し、ガブガブと飲んだ。口元から滴る雫を乱雑に拭うと、私はさてどうしようかと考えた。部屋からはだいぶ離れたところまで来てしまった。戻るにしても、走るのは極力避けたい。また先ほどのような状況になっては危ない。しかし歩いて帰るのは少々時間が掛かる。今日の残りの予定もあるし、このままでは予定が狂ってしまう。

 私は考えた結果、大きな通りまで出てタクシーを拾った。

 タクシーに乗ると、あっという間に部屋まで着いた。あんなに苦労して走っていたのに、何とも儚いものである。私はもどかしい気持ちを抱きながら、タクシーを待たせて部屋に入った。財布を持っていなかったのである。財布を手に取りタクシーまで戻った私は、運転手に運賃を払った。お金を受け取り走り去っていくタクシーを見ながら私は思った。お金を惜しんで近所を走ることにしたのに、お金を払って帰ってくるとは何と滑稽な話だろうか。しかも道端で休憩している間、何人かの通行人にチラチラと見られた。これでは何が何だか分からない話である。私は大きなため息をついた。そして静かに部屋に戻り、とりあえずシャワーを浴びることにした。