夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

散文18『氷ダイエット』

「暑いな…」と、ついつい言ってしまう。

「知ってます…」と返すハトソン君も、いつも以上に元気がない。

 お互いに、どちらかと言うとアウトドア派ではない二人にとっては、梅雨が明けた夏の日差しは命の危険を感じざるを得ない。

「今日は真夏日だってな」

「知ってます…」

 汗を拭うのも煩わしい。今日はそれくらい暑い。

 まさか、久々の打ち合わせの日がこんな日なんて最悪だ。普段はクライアントととの打ち合わせは営業がするものだが、案件によっては営業を介さずに、私たちが直接打ち合わせに行くこともある。その際、営業の誰かが事務所に残っていれば営業車を借りれるのだが、今日に限って営業はみな出払っていて、営業ではない私たちに専用の移動車は無い。仕方なく徒歩+電車移動しているわけだが、ちょっと歩いただけで、いや、立っているだけで、いやいや、外気に触れただけで汗ばむほど暑い。冷房の快適さに甘えて生きている自分が恥ずかしいと思いながら、外で仕事をしている方々への畏敬の念が頭をよぎる。しかし、頬を伝う汗にやはりイライラを感じずにはいられず、頭の中で愚痴愚痴と考えながら、会社までの帰路、「暑い」という一言に全てを集約させていた。

 どうにかこの状況をポジティブに捉えられないものか、と私は考えた。その結果、一つのポジティブシンキングに辿り着いた。

「そうだ、最近ダイエットしようと考えていたんだった。これだけ汗を掻けば少しは痩せるかな。仕事をしながらダイエットにもなるなんて、一石二鳥だな、ハハハ」

 私の空笑いは湿気を含んだ空気に押され、言ったそばからボトボトと地に伏していった。

 隣のハトソン君は反応すらしてくれなかった。一気にポジティブシンキングの心が折れた。

「そういえば…」

 力なく発せられたハトソン君の言葉に、私はうなだれた首をゆっくりと上げた。

「夏にちょうどいいダイエット法がありますよ」

「ほぅ、それは何だい?」

「氷ダイエットです」

「氷ダイエット?」それはなんとも涼しげな名前である。

「センパイは、雪山で喉が渇いても雪を食べてはいけないと、聞いたことはありますか?」

「あぁ、何となく聞いたことがあるような」

「その要因として、更に喉が渇くというのと、もう一つ理由があります」

「ほぅほぅ」

「雪を解かすために、体温が奪われてしまうからです」

「なるほど」

「体温が奪われるということは、カロリーが消費されるということ。つまり、氷を食べることでカロリーが消費されるんです。おまけに夏であれば、体も冷えて一石二鳥」

 なるほど、そういう理屈か。筋も通っている。

「それで、どれくらい食べればダイエットになるんだ?」

「1日1リットルの氷で、約160キロカロリーが消費できるそうです。数キロのランニングと同等のカロリー消費らしいです」

 この炎天下、運動せず、しかも涼も取りながらカロリー消費できるとは、確かに夏にぴったりのダイエットかも知れない。しかし、氷1リットルとは…

「ただ、気を付けなければいけないことがあります」

「むむ、何だねそれは」

「1日1リットルの氷を摂取すると、低体温症になる恐れがあるということです」

 なんと… こんな真夏に低体温症とは、いささか顛末が残酷すぎるではないか。

「なんだか、話のオチを聞いてドッと暑くなった気がするよ」

「では、あそこで少し休憩していきませんか? 少量なら低体温症にはなりません」

 ハトソン君が指さした先には、「氷」の旗が掲げられた甘味処があった。

 もはや、「その程度ではダイエットにもならん」と突っ込む体力もなく、

「賛成だ。では甘味処でダイエットと決め込もうじゃないか」