夜がな夜っぴて考え事…

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散文42『年賀状』

 今年も無事に年が明け、新しい一年が始まった。

 今年は丑年である。十二支に何故ネズミや牛、虎といった動物たちが選ばれたかという理由については、有名な物語がある。

 神様がその年を代表する動物を選ぶ際に、元日の朝に一番目から十二番目までに来た動物にその名誉を与えようと通達を出した。それを知った動物たちは銘々神様の元へと出発した。牛は、自分は動きが遅いから誰よりも早くに出発しよう、と早々に小屋を出発する。その時、こっそりと牛の背中に乗っかったのがネズミである。ネズミは牛の背中に乗り、悠々と神殿の前まで着くと、牛の背中からサッと降り、牛よりも先に門をくぐり神様の元に一番乗りで到着した。その後は、牛・虎・ウサギ… と続くわけだが、ここで面白いのが、十二支の中に猫がいない理由である。

 猫はネズミに嘘をつかれて、神様の元へ向かう日を一月二日と伝えられていた。それを信じた猫は同然一日遅れで神様のところへ向かうのだが、その時にはもうすでに十二支が決まっており、猫は十二支から漏れてしまったというのである。それ以来、猫はネズミに恨みを持って、今でも目の敵にしてネズミを追っかけているとか。

 若干の差異はあれど、概ねこのような逸話が知られている。もちろんこれは誰かがもっともらしく後から付けた物語であろうが、巧いことを考えたなぁと感嘆するとともに少し納得してしまうのだから、この説が有名になるのも分かる。

 ともあれ、今年は丑年。丑年は先述の牛の行動からも読み取れるように、先を急がず物事を着実に進めていくことが大切な年と言われている。去年一年も色々とあったが、今年はこの状況を踏まえて焦らず急がず、来年以降のための、準備の年にしてもいいのかも知れない。

 

 私は大晦日から実家に帰ってきており、元日早々十時過ぎに起き、居間のコタツに入って正月の特番をボーっと観ていた。全く贅沢な時間の使い方である。しかし、今年は焦らず急がず、ゆっくりと… という大義名分を掲げつつ、私はノソノソとテーブルの上に置いてあった年賀状の束に手を伸ばした。

 年賀状を最後に出したのはいつだったか忘れてしまうくらい、しばらく年賀状を出していない。友人にはメールなどで済ませているし、会社の人たちとも社交辞令で何人かとやり取りはしているが、それ以外は数日後の仕事始めで挨拶する程度である。今考えてみれば、小学校の時など数日経てば会えるのに、何故あれほど年賀状というものに固執していたのだろうと思うくらい、一生懸命に取り組んでいた気がする。遠方の友人などすぐに会えない相手ならともかく、何だったら冬休み中にすでに会って遊んでいたような相手にもわざわざ出していたのだから不思議である。まぁ新年の挨拶という特別なものと捉えればそれくらいやって丁度よいものなのかも知れないが。「それって必要ですか?」という風潮の昨今、年賀状というものは真っ先にその対象になってしまうものだろう。かく言う私も、すっかり年賀状というものに手を出さなくなったしまった。

 とは言え、ついつい毎年自分宛てに誰かから来ていないかと期待してしまうのだが、結局得られる成果といえば、他の家族の交友関係の確認と、やはり今年も来ていないという少しの落胆ぐらいである。

 今年もそのことを踏まえつつ年賀状を一枚一枚確認していると、あと数枚というところで不意に『東雲中様』という文字が私の目に飛び込んできた。私は瞬時に手を止めた。目の前の事態を把握するのに少々時間が掛かったことは否めない。しかしそれも一瞬である。私はゆっくりと視線をスライドさせ、左端に書かれた宛名を見た。するとそこには、綺麗な筆跡で松原先生の名前が書かれていたのである。私は思わず「あっ」と声を出した。

 そう言えば、以前先生の娘さんと会ったときに、実家は変わらずこの街にあると言っていた気がする。きっとそのことを娘さんから聞いた先生が、わざわざ送ってきてくれたのだ。私はゆっくりとハガキを返した。裏にはこれまた綺麗な文字で、新年の挨拶と、末尾には『是非お会いしたいですね』という言葉が綴られていた。私は思わず目頭が熱くなった。去年の夏、ふとした事で先生の娘さんに出会うことが出来、こうしてまた先生と言葉を、文字を交わすことが出来た。先生は私の人生において、小さいかも知れないが大事なキッカケをくれた、かけがえのない存在である。

 私はすぐに返事をしないといけないという衝動に駆られた。今日出そうが明日出そうが大して変わりないかも知れないが、何故だか今すぐに返事を書かないといけない気がしたのだ。責任感なのか何なのかは分からないが、ワクワクした気持ちが一番にあったのは確かだった。

 私は年賀ハガキを買いに行くため、早速コートを取りに部屋に戻り、家族に向かって行先を吐き捨てながらすぐさま玄関を出た。あれ? さっきまで焦らず急がずと言っていたのはどの口だ? という疑問は一旦置いといて、結局、年明け早々バタバタした一年の幕開けとなってしまった。がしかし、これはこれで初日からワクワクした気持ちでスタートできたと思うと、悪くもない。私は颯爽と車に飛び乗り、エンジンを掛けたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっと、大事なことを言い忘れていた。

 

新年明けましておめでとうございます。

こんな新年のスタートとなりましたが、今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 

東雲 中