散文43『正月感』
私は一月一日、二日とずっと家の中で過ごしていた。一日に松原先生へ年賀状の返事を書くためにハガキを買いに行き、投函してきた以外は家から一歩も出ていない。家の中でもなんやかんや作業をしていたものの、やはり外の空気を吸わないと何となく息が詰まってきた。そこで私は気分転換も兼ねて、買い物に出掛けることにした。もちろん街中にはいつもより人々がごった返しているわけだが、それもまた正月感があって良い。家にずっと居ては、全く正月感が無い。ということで、より正月感を味わうため、そして何にしても品揃えが良いという理由で、車を飛ばしてS市まで足を伸ばしていた。
S市に着くと案の定、たくさんの人がいた。道路も混んでおり、私は駅前から少し離れているところでようやく空いている駐車場を見つけ、有無を言わさず車を停めた。この際、駐車料金や立地など細かいことは言っていられない。
私は車から降り、駅前を目指そうと人の群れを掻き分けながら歩を進めた。特にこれと言って狙っている商品は無かったが、とりあえず家電でも物色しようと、駅前の大型家電量販店に向かった。
街は人で溢れ返っていた。これだけの人がいれば、誰か一人くらい知り合いに会いそうな気もするし、誰かと一緒に来てその人とはぐれたら一生会えない気もする。つまりは、狙った特定の人物と出会うのはほぼ不可能であろうという話である。
そんなことを考えながら歩いていたら、不意に誰かに声を掛けられた。
「あ、東雲さん」
声の主は誰だろうかと周りをキョロキョロと見渡すと、斜め後ろでこちらに向かって手を振る人物を見つけた。それはメガネ屋の店員、もとい、ハトソン君の姉・佐久間カナさんであった。そして、その隣を見るとハトソン君の姿もあった。
「明けましておめでとうございます」
と先陣を切ったのはカナさんである。次いで間を置かずにハトソン君も「明けましておめでとうございます」と頭を下げた。
「あぁ、明けましておめでとう。カナさんも、明けましておめでとうございます」
「いつも妹がお世話になってます」
「いえいえ、とんでもないです」
テンプレートな社交辞令を済ませると、我々は道の隅に身を寄せた。
「東雲さんは、今日はお買い物ですか?」
「えぇ。特にこれといって目的のものは無いんですが」
「そうなんですね。私たちも買い物なんですけど、いろいろ見ているだけでも楽しいですよね」
「そうですね」
相変わらず笑顔で語りかけてくるカナさんに、こちらもついつい穏やかな気持ちになってしまう。
チラリと横を見ると、ハトソン君はこちらの会話には混ざろうともせず、道行く人々を目で追っていた。いわゆる人間観察中であろう。全くこの二人が姉妹であるのが不思議である。二人同時に会うのはこれが初めてであるが、表情や立ち振る舞いを見るに、全く正反対である。一緒に買い物に来るくらいであるから姉妹仲は良いのだろうが、それであるならもう少し雰囲気が似ていてもおかしくない気がする。
「お二人は仲が良いんですね」
そう言うと、カナさんはハトソン君のほうをチラリと見た。それに気づいてハトソン君もカナさんを見る。
「えぇ。と言っても、すずのほうが私に付き合ってくれてるって感じですけどね」
どうやら自覚はあるらしい。でもまぁ、その誘いに乗るくらいであるから、ハトソン君もまんざらでもないのであろう。故に、ハトソン君はカナさんの言葉を否定も肯定もしなかった。
「そんなことないですよ。な?」
私はハトソン君に目配せすると、ハトソン君は「まぁ」とだけ答えた。
その後は簡単な世間話をして、我々はそれぞれの目的のため別れることにした。
「それじゃ、また」
「えぇ、またお店にいらしてくださいね」
「分かりました。それじゃ、鳩村君もまた会社でな」
「はい」
そこで我々はお互いに礼をして踵を返した。すると、すぐに後ろから声を掛けられた。
「あ、センパイ」
「ん、何だ?」
「今年も、よろしくお願いします」
ハトソン君はそう言って頭を深々と下げた。
私は少々面食らい、「あ、あぁ。よろしく」と中途半端に返事をしてしまった。
再び踵を返したハトソン君。
果たして、今の挨拶に何か意味でもあったのだろうか。そのことを確認する間もなく、二人は私に背を向けて行ってしまった。
何となく今の言い方は尋常ならざるものを感じてしまったが、しかし何か思い当たる節があるかと言うと何もないのだが… 私はハトソン君の言葉に、何か良からぬことを詮索せずにはいられなかった。