夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

散文41『願い事』

 クリスマスなんて無くなってしまえばいいのに。そう思っていた頃ももうだいぶ前のことである。若い頃はクリスマスに一人でいることが寂しいと思っていたが、今では何も感じなくなってしまった。感じなくなったというか、感情をコントロール出来るようになったと言ったほうが正しい。そもそも常日頃から一人であるし、寂しいという感情も世間の雰囲気から作り出された相対的なものであり、もはやそんなものに惑わされる歳でもない。

 というわけで、今年も何事もなく12月25日をやり過ごしたのである。

 そして、クリスマスを過ぎればもう年末も佳境である。一週間もせずに年が明け、新年を迎える。我が社でも今年最後の大掃除を行っていた。私の部署でも例に漏れず、みんな総出で部署内の書類棚や自分の机周りの整理整頓を行っていた。かなり念入りに行っていたこともあり、一段落着いた頃には15時を過ぎていた。

 私は机の整理もあらかた済み、最後に自分のカバンの整理に着手することにした。一年も経つと案外カバンの中も古い書類やメモ書きの断片などで雑多な状態になるものである。私はカバンを机上にドンと置いた。

「カバンの整理ですか?」

「あぁ、だいぶゴチャゴチャしてきたからな。このタイミングで片付けようと思ってな」

「確かに、ついつい色々なものを入れちゃいますからね」

 と言いつつ、ハトソン君はすでに机周りの整理も終え、一息吐こうとしているところだった。

 私は早速カバンを開け、中を覗き込んだ。毎日使っているとはいえ、まじまじとカバンの中を見ることはそうそうない。案の定、カバンの中は整理するに値するほどの状態だった。ここまでの状態になるのにどこかで気付きそうであるが、不思議なものである。

 私はペンケースや書類、いつ入れたかも忘れてしまった小説やらを掻き分けて、一通り中身の状況を把握しようとした。するとその中からお守りが一つ出てきた。

「おや?」

 取り出すとそれは交通安全祈願のお守りだった。これは確か今年の年明けに、近くの神社で買ったものである。

「こんなところにあったのか」

 いつかのタイミングで手元から無くなった記憶はあったが、どこに行ったのだろうと思っている間にそのことすら忘れていた。これはいやはや、大変失礼なことをしてしまった。私は頭の中で神様に謝罪した。

「お守りですか?」

 ハトソン君が気付き、声を掛けてきた。

「あぁ、今年の正月に買ったものだな。すっかり荷物の中に埋もれてしまっていた」

「そうでしたか。よくありますよね、そういうこと」

 と言うハトソン君であるが、おそらく彼女にはそんなことは無いのだろう。見事な社交辞令である。

「ところで、ハトソン君はお守りとか買うのかい?」

 あまりそういった類には興味を持っていなさそうだが。

「お守りですか? あまり買ったことはありませんね。頂くことはありますけど」

 思った通り。

「受験のときなんかは、両親が気を使って買ってくれたりしました」

「なるほどな。あまりそういうものには頼らない、と言ったところかな?」

「そうですね。買っても買わなくても結果は自分次第というか。だからと言ってそのものに意味が無いとは思いませんよ。確かにこの世には『念』や『気』と言った非科学的なものも存在していると思います。ですから頂いたお守りは有難く頂戴しますし、ちゃんと身近なものに付けて持ち歩いてます」

 そう言ってハトソン君はカバンからキーケースを取り出すと、中から『無病息災』と書かれたお守りを出して見せた。

「ちなみにこれは姉がくれました。何を思ってこれにしてくれたかは知りませんが、姉のことなので大した意味は無いと思ってます。でも今年一年、健康で居られたのでお守りの効果は少なからずあったのでしょうね」

 言い終わるとハトソン君は間を置かずキーケースを閉じた。

「確かに、お守りが全てを成してくれるわけではないからな。あくまで結果は自分が導いたものだ」

「その通りだと思います」

「ちなみに、ハトソン君は初詣に行って、神様に願い事とかはするのかい?」

 これまた、ハトソン君のことだから「そんなことはしません」と返すだろうが、興味本位で聞いてみた。

「神様への願い事ですか? 願い事はしませんね。その代わりに宣言はします」

 おっと、予想プラスαの答えが返ってきた。

「願い事ではなく、宣言?」

「はい。そもそも私の願い事など神様が叶えてくれるとは思っていませんので、その代わりに、その年に自分がやりたいことを宣言してきます」

「いや、もしかしたら神様だってハトソン君の願い事を叶えてくれるかも知れないじゃないか」

「神様だって、暇じゃありませんよ。日本だけだって何百万、何千万人の人が願うか分かりません。その一人一人の願い事なんて叶えてられませんよ。もしそれが出来るならもっと人々は幸せなはずです」

「た、確かにそれはそうだが…」

「それに、もし願い事を心の中で唱えて神様に伝わるのなら、日頃の雑念や善からぬ考えも神様に筒抜けのはずです。そんな状況において、願い事のみ叶えてほしいなど都合が良過ぎませんか?」

 ぐぬぬ

「…おっしゃる通り」

「ですから私は神様に願い事はしないことにしました。その代わりに宣言、まぁ報告と言ってもいいですが、見返りは求めないスタンスを取ることにしたんです」

 返す言葉が見当たらないまま、私は結局ハトソン君の勢いに負けてしまった。

 久々にハトソン君のドヤ顔を見た気がする。

「あ、すみません。片付け中に長々と話してしまって、邪魔をしてしまいました」と言うと、ハトソン君は淹れてあったコーヒーを手に取り、一口啜った。

「いやいや、新鮮な考えを聞かせてもらったよ。私も今年はそうしてみよう」

 私はハトソン君を横目に捨て台詞を吐き、片付けへと戻った。

 無論、ハトソン君の言うことは一理あるし、他力本願ではなく自らの努力で願いを叶えようという姿勢も学ぶべきところである。しかしどうも思考が斜に構えているところが解せぬところではあるが、一応ハトソン君の中で神様がいることが前提であるのが、案外可愛げのあるところであった。