夜がな夜っぴて考え事…

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散文NEO-8『長い夜』

 今日はGWの初日ということもあって、ありがたいことに店内は終始賑わっていた。私はと言うと、さすがに黙って閉店時間まで待っているわけにもいかず、自ら手を上げ店の手伝いをさせてもらった。不慣れな私にバイトの子も丁寧に教えてくれ、何とか一日を乗り切ったわけだが、我々はここからが本番なのである。

 最後のお客さんを見送り、店内を一通り片付けた後、バイトの子を早々に帰すと我々は静かになった店内でカウンターを挟んで席を取った。環くんも座ったらどうかと提案したが、自分はカウンター内で立っていた方が落ち着くということだった。一日中立ちっぱなしで環くんも疲れているだろうに、これから始まる話は10R戦ったボクサーがさらに重量級のボディを食らうようなものだぞ、とは言えず、私はそのまま話を切り出すことにした。

「で、何故ハトソン君は『Bar satie』のマスターのところにいるんですか?」

「まぁまぁ、そう慌てず。タマキン、水でもいいから何か飲み物貰っていい?」

 魔女はそう言い、環くんに向かってウインクした。環くんはそれに素直に応じ、わざわざ私の分まで飲み物を出してくれた。

 環くんが自分の分をコップに注ぐ頃には、魔女は差し出されたコップの中身を飲み干したところだった。

 コツンという音を立ててコップをカウンターに置いた魔女はゆっくりと口を開いた。

「さて、どこから話そうか」

 私と環くんは黙って魔女の言葉を待った。

「ふふっ。そうだね、現状から言うと今すずちゃんは『Bar satie』の地下にいるよ」

「地下?」

「地下と言っても、別に監禁してるとかそういうんじゃないからね。変な想像しないでよ」

 魔女は鼻で笑い、あたかも我々の頭の中を覗いているような言葉を付け加えてきた。

「そんなこと想像するわけ…」と言いながらも、あながちこの人ならあり得ないことではないと思ったことは否めない。

「あの店の地下に住んでんのよ、マスター。それでそこに匿ってもらってるってわけ」

『Bar satie』に行ったことない環くんは目を丸くしているようだったが、私にとっては然程驚くことではなかった。あのマスターなら地下くらいには住んでいそうである。

「なるほど、あの店の地下に。大丈夫だ、環くん。話だけ聞くと異常な状況のようだが、安心していい」

 いや、安心しろというのも変な話である。

「まぁ、状況としては悪くない。良いわけでもないが… 居場所がハッキリしただけでも良しとしよう」

「はぁ。東雲さんがそう言うなら…」

 環くんは腑に落ちない様子であったが、今は仕方がない。実際あのマスターに会えば分かるであろう。

「それでは事の始まりについて知りたいんですが、最初にハトソン君が声掛けたのは美奈子さんなんですよね?」

「そうよ」

「その時はどんな様子だったんですか?」

 私はそう言って環くんを見たが、彼は私の言葉を止める素振りはしなかった。

「そうねぇ。最初はお店に来たのよ。それで様子がちょっと変かなぁと思って、そのまま話を聞いていったら、まぁタマキンに告白されたって言うじゃない?」

 今度は魔女が環くんのほうをチラリと見た。

「どんな言葉で言われたかまでは聞かなかったけど。一応二人の間のことだし、そこまで首を突っ込むほどデリカシーのない人間じゃないからね。だから細かいことまでは分からないけど、すずちゃんはどう答えたら良いか分からないって言ってたわね」

「どう答えたら分からない?」

「そう。もう答えは心の中にあるって感じだったけど、伝え方に迷ってたみたいね。それで、そんな状態でタマキンには会えないって言ってたから、マスターの店を紹介して、その代わりに空いた穴は私が埋めようかって提案したわけ」

「なるほど。しかしまぁ、あのハトソン君が美奈子さんに相談すると思わなかったな」

「そうですね… 美奈子さんに相談してるとは思いませんでした」

「彼女と他の話もしたけど、まじめだよね、あの子。きっと何とか答えを出したかったけど一人じゃどうしようもなかったから私に声を掛けてきたんじゃない? ほら私ってそういう相談とかしやすそうでしょ。答えをズバッと出してくれそうな感じ。実際ズバッと出すし」

 確かに答えをズバッと出してくれそうだが、あまりの切れ味に致命傷を食らう危険もはらんでいそうである。

「それで、美奈子さんはどんな答えを出したんですか?」

 私の問いに魔女は微笑を浮かべ我々二人を交互に見た。

「私にも分からなかったからマスターに預けちゃった。だって二人の深い関係性までは分からなかったし。私もそこまでは聞き出さなかったし、すずちゃんも自分からは詳しく教えてくれなかったから。まだ私に全部をさらけ出すほど信頼は無かったみたい」

 お手上げといった感じで両手を上げた魔女であったが、そのおどけた表情に今はリアクションを取る体力は残っていなかった。

「まぁマスターなら私よりも上手く話してるんじゃない?」

「確かにあのマスターなら何故か信頼できる気がする」

「あの… そのマスターさんってどんな人なんですか?」

 さすがに不安になって来たのか、環くんはマスターについて尋ねてきた。

「マスターがどんな人かって、ねぇ?」

 そう言って私のほうを見る魔女。いやいや、私にそれを預けられても…

「マスターがどんな人かって言うと… 妖艶で、中性的で…」

「え? 妖艶?」

 環くんは不安げな表情を浮かべた。私は言葉を間違ったなと思った。

「へぇ、中(あたる)ってマスターのことそんな風に見てたんだ。でも分かるわ。そうそう、そんな感じ」

「本当に大丈夫なんですか? そんな人のところに預けて」

 好きな人がそんな人物の元に(しかも地下に)預けられたとあっては、心配するのも無理はない。

「大丈夫よ、マスターがすずちゃんのこと取って食ったりはしないから」

いや、その表現はますます環くんを不安にさせるのではないか。

「大丈夫だ、環くん。実際ハトソン君を奪還するのにマスターと対峙することになると思うが、会えばわかる。悪い人ではない。良い人かも分からないが… だがそれまでは私の言葉を信じてくれ」

 環くんの表情を曇らせる影を完全に拭うことは出来ないが、今はそう言うことしか出来なかった。

「ところでさ、タマキンは何て言って告白したのよ。それが分からないと私たちもどうしたら分からないし。私だって二人を応援したいと思ってるからさ」

「そ、それはですね… 」

 環くんがそう言いかけた時、ちょうど20時を告げる時計の音が店内に響き、環くんの言葉を遮った。

 今日は時間の感覚な無いままバタバタと動き回っていたせいもあって、もうこんな時間かと思ってしまった。しかし我々の話はまだまだこれから。環くんがはたしてどんな言葉で思いを伝えたのか。それが分かれば話はさらに展開しそうであるが、何分、この場に魔女がいることによって状況が拗れる不安もある。しかしどうやら魔女も味方であるようだから、出来れば一致団結してこの問題を解決に導いていってもらいたいものだが…

 どうやら、今夜はまだ長そうである。私は環くんが再び口を開く前に背筋を伸ばし姿勢を正した。