散文NEO-7『強敵』
「教えてあげようか、すずちゃんの居場所」
逆光を背に仁王立ちしているその人物はそう言い放った。
眩しさに目を細め、限られた視界であったもののその人物が誰であるかは明白であった。『ケーキ工房オーレン』の店主(魔女)、美奈子さんである。
「何故、あなたがそのことを?!」
私の口からついそんなセリフが飛び出てしまった。
「ふふふ」
不敵な笑みがこぼれる魔女はドアをゆっくりと閉めた。
「あんたらが二人揃ってカウンターに座って何かを話し込んでるなんて、すずちゃんのことで頭を悩ませてる以外にないでしょ。それに、すずちゃんに今の隠れ家を提案したのは私だからよ」
なんと、今回のハトソン君失踪に魔女が関係していたとは。これは話がだいぶ拗れそうな気配である。
「何処にいるんですか?! すず先輩は」
環くんはストレートに魔女に答えを乞うた。しかし魔女が素直に答えを教えてくれるわけが無かった。
「タマキン、教えてあげようか、とは言ったものの、私がそんなに簡単に答えを教えると思ってんのかい」
いや、あんたが「教えてあげようか」って言ったからじゃないか。
環くんは黙り込んだ。
「しかしまぁ、すずちゃんからいろいろ事情は聞いたよ。あんたはいつからそんな男に成り下がってしまったんだい。私は悲しいよ」
どうやらハトソン君は今回の件を魔女に相談したらしい。一体いつから二人はそんな仲になっていたのか。ハトソン君がプライベートの相談をすること自体なかなか想像がつかないが、ましてその相手が魔女とは。この展開はすでに私の想像の範疇を超えている。
「成り下がったって、僕はただ改めてすず先輩に告白しただけで、そんな… 店を休むほどのことだったんでしょうか」
「はぁ、タマキン。あんたにとっては今回のことはそれほど真剣な話じゃなかったってこと?」
「いや、そんなことは。もちろん真剣に」
「と言いながら、まぁ、店を休ませたのは私なんだけどね」
「え?」
我々の目は点になった。
「タマキンとゆっくり話がしたいと思ってさ。中(あたる)がいたのは想定外だったけど、全くの部外者ってわけでもないし、まぁいいよ」
とりあえず私が介入することは許されたらしい。
しかし、ハトソン君に隠れ家を提供し、店まで休ませ、かつ自らがその店に出向いて環くんと直接対峙しようとは、私の中で魔女は単にこの事態に足を突っ込んで掻き混ぜて楽しみたいだけじゃないのか、という疑念すら浮かんだ。実際魔女の表情は、若干ニヤけているようにさえ見えた。
ラスボスであるハトソン君相手でさえ難儀しそうな案件なのに、その前に魔女が立ちはだかろうとは、これはさらに難易度が上がってしまった。
「あ、ちなみにすずちゃんは『Bar satie』のマスターのところにいるんだけどね。まぁそんなこと、今はとりあえずいいでしょ。よし、それじゃ開店の準備でもしよっか。話は営業後にゆっくりしよう!」
そう言って魔女は柏手を打った。その音とともに何となく我々は立ち上がり、環くんはカウンターの中に入っていった。私はと言えば、思わずその場に立ち尽くし、二人の動きを交互に目で追うことしか出来なかった。
いや、さっき居場所は簡単に教えないって言ったばかりじゃないか。え、マスターの家にいるの? っていうか話は営業後って、私はそれまでどうしろと?
あまりのツッコみどころの多さに私の頭は混乱に至った。
ハトソン君に魔女、更にそこに『Bar satie』のマスターときたら、これは大変なことになってしまったと、私は思わず身震いをしてしまったのである。