夜がな夜っぴて考え事…

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散文NEO-9『結論』

 さて、環くんが何と言ってハトソン君に告白したかというと…

「前に告白したときは『立派な大人になったら』っていう理由で保留にされたので。今はもう大学も卒業して、この店を引き継ぐ形にはなりましたけど自分なりにこの一年頑張ってきたつもりです。なので、『僕は立派な大人になれたでしょうか? もしなれてたら、改めて僕の気持ちを受け取ってもらえませんか?』って」

 そう言って環くんは顔を赤らめた。

「なるほど」

 私と魔女は同じタイミングで腕組みをした。お互いに目が合うと、しばしの沈黙が訪れた。

 双方、何と言ったら良いか悩んでいる様子だった。

 私の感覚としては特に不備はないように思われたが、ハトソン君にとってはどこか納得のいかないところがあったのだろう。恋愛ごとに疎い私よりも、ここは魔女の意見を仰ぎたかったが、魔女は依然黙ったままである。環くんも不安げな表情を浮かべている。

 私はこの沈黙に耐え切れず、とりあえず場を繋ごうと口を開こうとした。すると、それと同時にいよいよ魔女のほうが言葉を発した。

「うーん、それはもしかして… もしかしてよ?」

 そう前置きをしながら、魔女は言葉を続けた。

「すずちゃんはもうとっくにタマキンのことを認めてたんじゃないのかな。だから『今更それ言う?』みたいな。まだそんなことも気付かない未熟者だったとは… みたいな」

「え、それって僕の告白をもう受けたつもりでいたってことですか? え、僕らはもう付き合ってる…?」

「いやいや、そこまでは言ってない。もっと堂々としてほしかったんじゃない。すずちゃんのことだから私も分からないけど、すずちゃんが認めるんじゃなくてタマキンが自信を持って言うべきところだったんじゃないかってこと」

「はぁ、なるほど」

 私はつい感嘆の声を漏らしてしまった。私には出来ない解釈である。この解釈が合っているかは当の本人にしか分からないが、それは私を納得させるのには十分なものであった。果たして環くんはこれをどう受け取ったか…

「確かに、人に意見を仰いでいるようじゃまだまだ立派な大人になれていないと… そういうことですね」

 こちらも案外納得していた。

「いや、これは私の考えであって、本心は分からないよ。これを真に受けて突っ走って、結果ダメだったら私責任取れないから」

 真剣な表情の環くんを見て魔女は慌ててそう付け加えた。確かに、今の環くんなら極端にそれを実行しそうな気配があった。

「そうだ、冷静さを保て、環くん」

「そうそう。第一はやっぱり本人に聞くのがいいと思う。何だかんだ言って、分からないことはわかりません教えてくださいって言いたほうが、すずちゃんとタマキンにとっては良い進み方のような気がする」

「でも、今さっき美奈子さんが相手に委ねたからダメだったんじゃないかって言ってたじゃないですか?」

「でもほら環くん。前にもあっただろう。最初に告白した時も『立派な社会人とは何か』について正直に聞いてみたら教えてくれたじゃないか。今回もそれで悪いことは無いと思うぞ」

 環くんは腑に落ちない表情を浮かべていたが、私も魔女の言う通り、二人の歩み方はそれでいいと思った。どちらも相手のことを思いやって、でも不完全で、ちょっとドタバタしながらもこの二人は何やかんや前に進んでいきそうな気がする。

「タマキンにマスターのお店の場所、教えるから。もう今日行っちゃいな」

「え? 今日?」

 環くんは驚いた様子を見せた。私も随分急な話だと思ったが、確かにこのままの状態で明日からお店に立つのもモヤモヤして気持ちが悪かろう。事は早い方が良いのかも知れない。

「それも悪くないかも知れないな。ハトソン君の居場所も分かったわけだし、動き出さない理由もない。どうせこのまま考えていたって真実は本人にしか分からないわけだし、ここは再び潔く白旗を振っていこうじゃないか」

「白旗って、降参ってことじゃないですか。そんなんで僕大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない? そんなことでタマキンのこと嫌いにはならないでしょ、すずちゃんなら」

「えー 何か急に適当になってませんか? 二人とも」

 環くんは我々を交互に見たが、双方首を大きく左右に振った。

 幾分、大袈裟な振り方に若干の悪ふざけ感が垣間見えたことは否めないが、どちらにしても我々の意見に大きな間違いはないであろう… たぶん。

 

 結果的に何とか結論に至った我々三人は、早々に戸締りをして店を出ることにした。

 環くんはもちろんマスターの店へ。魔女は自分の店に寄って帰ると言い、私は環くんに付いて行くわけにもいかないのでこのまま帰ることとした。

「それじゃ、タマキン頑張ってね」

「吉報を待っているよ」

「分かりました。何とかやってみます」

 環くんは小さく頭を下げた。今更、はたしてこれで良かったのだろうかという疑念が頭を過ったが、まぁ大丈夫であろう。決して適当ではない。これがきっと最適解であろう。私はそう信じることにした。

「それじゃ、明日もしタマキンが店に来なくても私が何とかやっとくから、安心していってらっしゃい!」

「ちょっと、明日来れなくなるような結果って何ですか?!」

「もしその時は私も手伝いますよ」

「いやいや、東雲さんも」

「オッケー。その時はよろしく頼むよ」

「分かりました」

「えぇー、ちょっと二人とも」

「ハハハ。まぁまぁ、半分冗談。とにかく頑張れタマキン!」

 静かになった店の前で魔女の笑い声が響いた。

 環くんは不安げな表情を浮かべたまま、我々はそれぞれそこで別れた。

 私は先ずは明日、応援要請が来ないことを祈った。そして、後日良い知らせが入ってくることを祈った。

 初老の私に出来るのはここまでだ。頑張れよ、若人。