夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

散文NEO-6『失踪』

「久しぶり」

 店のドアを開けるとカウンターに一人、環くんが座っていた。

 環くんは体をこちらに向け会釈をした。

「すみません、今日はわざわざ朝から」

「こちらこそ、開店前にすまないね」

「いえ、店の準備は大体出来てますし、店を開けちゃうとバタバタなので、開店前のほうが助かりました」

 

 先日環くんから連絡をもらった私は、GWの初日に早速店を伺うと連絡を入れていた。少しでも早い方がいいだろうと思い、私から開店前の朝の時間を選ばせてもらった。

 誰も居ない店内に私の足音がやけに響いた。私は環くんの隣に座わり、早速本題を切り出した。

「で、ハトソン君が居なくなってからまだ見つかっていないのかい?」

「はい、連絡も取れなくて」

 そう言う環くんの表情はひどく落ち込んでいるように見えた。

「この前連絡をした日、あの日の前日からです。開店時間になってもすず先輩が来なかったので、連絡を入れてみたんですが返事が無くて。心配になって、その日の閉店後にすず先輩の部屋まで行ってみたんですけど、部屋にいる様子は無くて。そして次の日も店に来なかったので、いよいよどうしようもなくて東雲さんに連絡したところでした」

 環くんはカウンターに視線を落としたままだった。

 カーテンが閉まっている店内は薄暗く、ヒッソリとした雰囲気が余計に悲壮感を醸し出していた。

「まぁ、ハトソン君が居なくなったと連絡が来たときは少々驚いたが、冷静になって考えてみれば、ちょっとくらい所在が分からなくなっても彼女の場合はあり得るのではないかとも思える。楽観的な考えも良くないかも知れないが、考えられるだけのことは模索しよう」

「はい、ありがとうございます」

 環くんはようやく顔を上げた。

 正直、私が力になってやれることがどれだけあるか分からないが、今はこの状況を共有する仲間がいるだけでも心のよりどころになるだろう。

「それでは、居なくなった理由を考えてみよう。事件・事故に巻き込まれたという可能性も無くは無いが、先ずはハトソン君の雰囲気から感じ取れるものは何か無かったかい?」

「はい、思い当たる節は… あるんです。というかそれ以外考えられないというか…」

 そこで環くんの表情が曇った。

「実は居なくなった前の日に、僕から告白したんです。多分それが原因かと…」

 …う、うん。恐らくそれであろう…

「すず先輩にこの店に来てもらって、もう一年経ちますし、結局最初の告白からの返事ってまだ貰っていなかったので。なので改めて告白したんです」

「なるほど。それで返事は…」

「その場では貰えず、ちょっと待ってほしいと」

「そしてそのまま姿を消した、と」

「はい」

「うーん。となるとこれは待つしかないのか。下手にこちらから探すようなことは、かえって良くない気がする」

「僕もそう思います。だからと言って何もしないのも何だか怖くて」

「確かに、そっとしておくことが最適解かどうか分からないしな。ハトソン君の言葉を額面通り受け取っても良いものか、難しいところだ」

 我々二人では、ハトソン君という人物像を掴み切るのは難しかった。ただでさえ一筋縄ではいかない彼女を、色恋事が絡み合ったこの状況では尚、一般的な思考は通用するはずがない。だからこそ、何もしないという選択肢は最も精神力を必要とするものであろう。まだ闇雲に行動に起こしていた方が気は楽でる。結果はどうあれ、ではあるが。

「ところで、ハトソン君が居ない間の店は環くん一人で回していたのかい?」

「いえ、さすがに一人では無理なので。実は今年に入ってから一人バイトの子に入ってもらっているんです。なので何とか二人で」

「そうだったのか」

「多分、東雲さんとまだ会ったことはないと思います」

「うむ、年始からは何やかんや移動の準備や引っ越しの準備で来れていなかったからな」

「あと、今日から美奈子さんにもお手伝いをお願いしていたんです。GW中はバイトの子と二人でも大変だと思って。多分そろそろ…」

 と環くんが言いかけた瞬間、まさにドラマのような展開よろしく、入り口のドアが軋む音を立てながらゆっくりと開いた。空いたドアから差す逆光に、私と環くんは思わず目を細めた。その僅かな視界で捉えたのは、逆光を背に仁王立ちしている人物の姿だった。

「ふーん、なるほどなるほど」

 その人物の発した声色は、確かに聞いたことのあるものだった。誰であったであろうかと考えを巡らせる前に、その人物は言葉を続けた。

「教えてあげようか、すずちゃんの居場所」

 …何?!

 その言葉に二人とも体をピクリとさせた。眩しさに目が慣れないままの細めた視界であったが、確実にその人物の口角が上がっていることは感じ取れた。

 なんだこの展開は!

 本当にドラマのような展開に、ちょっと心がワクワクしかけたのは環くんには内緒である。