散文22『滅びの言葉』
のんびりした時間が過ぎる昼下がり。私は昨日観たアニメのことを思い出していた。毎年のことだが、夏の終わりはやたらに名作アニメが流れている気がする。
「なぁ、ハトソン君」
「何ですか?」
「昨日の〈ラピュタ〉観た?」
「はい、一応」
「だよな、“一応”何となく観ちゃうよな。今までに何回も観てきたのに」
「おそらく有名なアニメやその他のカルチャーというのは、遺伝子レベルで脈々と受け継がれているのだと思います」
ハトソン君はまじめな顔で答えた。
「そこまで言うと大げさな気もするが、あながち間違いでもない気がする」
私も同感して頷いた。
「ところで、昨日私も〈ラピュタ〉を観てて、ふと思ったことがあるんだが、滅びの言葉って出てくるだろう」
「あぁ、“バ〇ス”ですね」
「おっと、気軽に口にしてくれるな」
「すみません、軽率でした」
彼女はわざとらしく口元を手で覆った。
「まぁいいだろう。そこで、だ。天空の城がまだ栄えていたころ、あそこでは普通に人々が生活していたはずだ」
「はい」
「だとしたら、日々の生活の会話で、うっかり滅びの言葉の三文字が入ってしまうシチュエーションがあったと思うんだ。調べたところ、発動条件もいろいろな説が飛び交っていて、単にその三文字だけでは滅びはしないらしいが、そんな堅苦しいことは言わず、大喜利的なノリで考えてみた」
「なるほど。興味深いですね」
「そこで、私が考えたシチュエーションがこれだ」
私はそこで一呼吸置いた。ハトソン君を見ると、私の言葉を待っている様子。私は言葉を続けた、少しばかり高めに声色を変えて。
「あれぇ、今日はバル(飲食店)、空いてるね~」 ドッカーン! ゴゴゴゴゴ… ガラガラガラ…
大きな音を響かせ、崩れ落ちていく城の姿が目に浮かぶ。
「どうだ、これ」
渾身のネタに、自分の表情がドヤ顔にならないよう、平静を装っているつもりだが、たぶん抑えきれないドヤが溢れているだろう。しかし、ハトソン君はこんな私の心情など露知らず、腕を組み俯いていた。おそらく、私のネタを評価しているに違いない。少しの間をおいて、彼女は顔を上げた。
「天空の城で店のことをバルと呼んでいたかどうかは分かりませんが、発想としては面白いと思います」
相変わらず、忖度の無い言葉が返っていたが、ハトソン君に肯定されるとまんざらでもない。
私は「ありがとう」と、満足げに頷いていた。すると、ハトソン君が「私も」とボソリ呟いた。
「私も一つ思い付きました」
「ほうほう、何だね」
私は、お手並み拝見といった具合に背もたれに身を預けた。
ハトソン君は眉をひそめ、神妙な面持ちで言葉を発した。
「何だ、ババァ留守か」
声のトーンは低めだった。一体どんなシチュエーションなのだろう。今の瞬間、ハトソン君は誰になり切っていたのだろう。城が崩れる云々とは別の何かが暗い影を落とした気がした。
いろいろな疑問が頭をよぎったが、正直そんなことは置いておいて何より衝撃的だったのは、ハトソン君の口から“ババァ”という言葉が発せられたことだった。