夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

連作短編「散文」(完結)

散文22『滅びの言葉』

のんびりした時間が過ぎる昼下がり。私は昨日観たアニメのことを思い出していた。毎年のことだが、夏の終わりはやたらに名作アニメが流れている気がする。 「なぁ、ハトソン君」 「何ですか?」 「昨日の〈ラピュタ〉観た?」 「はい、一応」 「だよな、“一…

散文21『木漏れ日と陽炎③(完)』

図書館に着いたのは、一昨日よりも少し早い時間である。何も確証は無いが、先日見かけた女性がもしかしたら同じような時間帯に来ることくらいしか、私が希望を託せるものは無かった。 私がしばらく車の中で待っていると、一台の車が入ってきた。運転席を注視…

散文20『木漏れ日と陽炎②』

昨日はあの後、図書館に戻り本を探してみたが結局見つからなかった。私が探している本は児童書の、シリーズ物の一冊であった。本の内容よりもどちらかと言うと挿絵のほうが記憶に残っていて、おぼろげな記憶を頼りに、図書館に置いてあったシリーズ全てをパ…

散文19『木漏れ日と陽炎①』

ふとした時に思い出す。私には読みかけの本がある。いや、正確には読みかけだったか、読み終えたかすら曖昧な記憶である。恐らく小学生の頃に読んでいた本だと思う。今までも定期的ではないが、何かの拍子にその本のことを思い出し、そういえばあの本読み終…

散文18『氷ダイエット』

「暑いな…」と、ついつい言ってしまう。 「知ってます…」と返すハトソン君も、いつも以上に元気がない。 お互いに、どちらかと言うとアウトドア派ではない二人にとっては、梅雨が明けた夏の日差しは命の危険を感じざるを得ない。 「今日は真夏日だってな」 …

散文17『優しい人』

今日は『喫茶ネロ』にやってきた。先日、環くんから相談を受けて以来の来店である。 「いらっしゃませ! あっ」 私のほうは環くんがいるのを予想して来店したのだが、まさか彼のほうに、声と表情に出るほど反応があるとは思わなかった。 「やぁ」と声を掛け…

散文16『若人よ』

お昼の休憩を告げるチャイムが鳴ると同時に、ハトソン君が声を掛けてきた。 「すみません、センパイ」 「ん、どうした?」 「ちょっとお話があるのですが、お昼はお出掛けですか?」 「まぁ、コンビニで弁当でも買って来ようかと思っていたが。すぐに戻って…

散文15『告白』

日曜日の午後、先週の環くんのことが気になり、ついつい『喫茶ネロ』に来てしまった。老婆心ながら、困ったことがあれば、彼の力になってやりたいと思ったのである。 店の扉を開けると、いつものように環くんの声が返ってきた。 「いらっしゃいませ!」 挨拶…

散文14『環くん』

休日。運動も兼ねて、私は駅を目指して歩いていた。すると前方に、信号待ちをしている環くんの姿を認めた。環くんとは、うちの近所にある『喫茶ネロ』のバイトの男の子である。特に親しいわけでは無いが、人伝てに大学生だという話を聞いたことがある。いつ…

散文13『オーパキャマラド』

休憩時間、給湯室からコーヒーを淹れて戻ってきたハトソン君に、私は先日の楽器屋での出来事を話し掛けた。 「なぁ、ハトソン君」 「はい、何でしょう」 「ちょっと前に、楽器を始めたいと言っただろう」 「はい、言っていましたね」 ハトソン君は私に視線を…

散文12『偶然の再会』

休日、私は楽器屋に行ってみようと思い立った。やはり何か楽器をやってみたいと思い、まずはこの目で見て、自分に合いそうな楽器を選ぼうと思ったのである。私の少ない知識から選ぶより、もしかしたら思いがけない出会いがあるかも知れない。私の住む街には…

散文11『ウサギとカメ』

「なぁハトソン君」 「はい」 「『ウサギとカメ』という童話を知っているかい?」 「もちろんです。堅実なカメが怠惰なウサギに勝つという、世の理(ことわり)を説いた素晴らしい作品だと思います」 「ず、ずいぶんな言いようだな」 「間違ってましたか?」…

散文10『優雅な時間』

たまには部屋の掃除をしようと、いつもより早く起きた休日。作業は手こずりながらも順調に進み、今日はこの辺にしてやろうと時刻を確認すると、もうすぐ三時になろうとしていた。外を見ると、太陽の光は柔らかく、風で木々が微かに揺れて、誠に麗らかである…

散文9『急な誘い』

連休を控えた金曜日、営業部の渡瀬が声を掛けてきた。 「先輩、お疲れ様です。急なんですけど、今日の夜、飲みに行きませんか?」 「ん? どうした」 今日の今日とは、また急な誘いである。 「いや、この前先輩に手伝ってもらった案件、決まったんですよ。だ…

散文8『憧れ』

今までも何となく頭の中で考えてきたことがある。それは、趣味で何か楽器を始めてみようか、というものだ。これまでの人生において、音楽と密接に関わってきたことがない。もちろん、人並み程度に音楽を聴いたり、カラオケで歌ったりしたことはあるが、演者…

散文7『蜘蛛の糸』

普段通りの朝、「きゃっ!」と声を発したのは、隣で仕事をしていたハトソン君だった。 いつもは寡黙な彼女も、驚いたときは可愛らしい声を出すものである。おそらく、人は驚いたときが最も素の姿が出るものだと思う。そういえば、私の知人で「にゃー!」と声…

散文6『買い物』

休日、少し前にハトソン君とメガネの話をして以来、ようやくメガネ屋に来られた。ハトソン君との会話の後、偶然フレームに傷が付いていることに気付いたこともあって、買い替えとしても良いタイミングであった。 その店は私のアパートから車で約一時間、県庁…

散文5『腕時計』

渡瀬恵太郎は営業部である。年齢は27歳。私とは部署が違うが、彼が入社した時点ですでに他の営業が40オーバーのベテラン勢であったため、まだ年の近い私が何かと世話を焼いて仲良くなった。そう、あの頃は私も30代前半だったのである。 基本的に私の昼食はコ…

散文4『エイプリルフール』

今日は四月一日である。そう、かの有名なエイプリルフールである。大人げないと思われるかも知れないが、やはり四月一日を迎えると、何か一つでも嘘をつきたくなる。おそらく、ハトソン君はこういった風習みたいなものには興味がないだろうが、ちょっと声を…

散文3『メガネ』

ハトソン君はごく稀にメガネを掛けてくる。普段はコンタクトレンズなのだが、コンタクトレンズの在庫が切れると、次のレンズ購入までの数日間はメガネで過ごす。今日はその“メガネの日”だった。 私は普段からメガネを掛けているので、人のメガネにもよく目が…

散文2『自己紹介』

私の名前は東雲中(あたる)。とある地方の、とある会社に勤める会社員である。とある部署の主任として、日々業務に勤しんでいる。年齢は、四捨五入すると40歳。中肉中背。眼鏡あり。未婚。趣味は読書、音楽鑑賞…etc。 そして、職場で私の隣の席に座るのは、…

散文1『3月8日』

君は知っているか、あの日起こった出来事を。 それぞれの扉を開け、飛び立った彼女たちを。 「センパイ、考えごとですか?」 仕事の休憩中、自分の席に座ったまま物思いにふける私に、不躾に声を掛けてきたのは、給湯室でコーヒーを入れて戻ってきた後輩のハ…