夜がな夜っぴて考え事…

趣味で自由に小説書いてます

散文39『サンキュー環!』

『喫茶ネロ』のマスターの古希祝いから数日後、環くんから連絡が来た。結論から言うと、環くんが正式に『喫茶ネロ』を引き継ぐことが決まったらしい。マスター、奥さん、環くん、そして魔女の四人で話し合ったそうだ。その話し合いに魔女が参加したのには驚…

散文38『マスターの古希祝い(2/2)』

会も終盤に差し掛かり、マスターから改めて挨拶を頂く場面になった。マスターは奥さんに促されて一歩前に出た。 「えー、今日は本当にありがとう。環も、ありがとう」 マスターが環くんに視線を向けると、環くんは静かに頭を下げた。周りからは自然と拍手が…

散文37『マスターの古希祝い(1/2)』

今日は『喫茶ネロ』に招かれた。というのも、環くんが指揮を取って、マスターの古希祝いをやろうということになっていたからだ。環くんからのお誘いを貰っていた私は二つ返事で参加させてもらうことにした。日頃からお世話になっている私としても、声を掛け…

散文36『勝手な趣味』

「というわけで話の続きが気になって、その後バイト終わりの環くんから別の店でさらに詳しく話を聞いたんだ」 「なるほど、それで話の続きは?」 お茶を啜りながら話を聞いているのはもちろんハトソン君である。 私たちは打ち合わせの帰り道、遅めの昼食を取…

散文35『親子喧嘩』

今日は11月22日。言わずと知れた“いい夫婦の日”である。私の身近な“いい夫婦”と言えば、やはり『喫茶ネロ』のマスター夫婦だろう。彼らには夫婦円満の秘訣を是非伺いたいものである。 というわけではないが、今日も私は『喫茶ネロ』に来ていた。 「しかし、…

散文34『BAR SATIE』

夜更かしはしない、と心に決めたものの、ついつい夜の街を彷徨ってしまうのはストレス社会を生きる戦士(サラリーマン)の性なのかも知れない。 私は残業終わりに渡瀬と飲んだ後、別れて一人駅前をふらついていた。今から素直に帰れば十分な睡眠時間は取れる…

散文33『奇遇』

休日、『喫茶ネロ』に向かおうと自転車を漕いでいると、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。 ロングスカートにジャケットを羽織っているその人は普段の出で立ちとは異なっていたが、発している雰囲気から誰であるかは察することが出来た。 「も、もしや…」…

紅差し指

化粧をするとき、ふと思い出す風景がある。それは化粧台の前に座る祖母の姿だ。 祖母は化粧台の前に正座をして、丁寧に紅を差していた。薬指で紅をすくい、そっと唇を撫でる姿は今でも鮮明に思い出せる。 振り向き私を見て笑う祖母は華やいで見えた。モノク…

散文32『虹』

「おはよう、ハトソン君」 「おはようございます」 「今日はいい日だな」 「そうですか? まだ小雨混じりですけど」 ハトソン君が視線を送る窓の外は太陽の明かりは差しているものの、確かに小雨が降っていた。 「それがいいんじゃないか」 「はぁ」 要領を…

散文31『行きつけの店(仮)』

無事(?)健康診断を終えた週末、私は仕事の帰りにどこかで一杯飲んで帰ろうと考えていた。 決して緊張が緩んだわけではない。もちろんこれからも食事に運動に気を使って生活していく所存だが、時には息抜きというものも必要である。ストレスが原因で体調を…

散文30『睡眠不足』

今日は久々に仕事でミスをしてしまった。今回は大した事ではなかったが、場合によっては一つのミスで大損害を出し兼ねない。気を引き締めなければ。 「いやぁ、さっきはフォロー助かったよ」 「いえ、大したことないっすよ。あれくらい」 私はお礼とばかりに…

散文29『魔法のケーキ』

先週話していた通り、週が明けハトソン君がケーキを買ってきた。仕方がない、ダイエットは明日から… などと定型文を頭の中で唱えながら、私はお昼の時間にそのケーキをご馳走になることにした。 昼飯を食べ終えたタイミングで、「こちらです」と言ってハトソ…

散文28『健康』

我が社では秋になると健康診断がある。その頃になると、周囲ではちらほらと健康の話題が上がってくる。半分くらいはやれ煙草で肺が真っ黒だとか、やれ飲み過ぎで肝臓の調子が悪いだとか、武勇伝的に語っている不健康自慢なのだが、それでもみんな何となく周…

散文27『積ん読』

つい先日、秋分の日を迎えた。気付けば朝晩はだいぶ涼しくなってきたし、陽が落ちるのも早くなったものだ。 そんな秋の夜長には本を読みたくなってくるものだ。お盆から湧いていた読書欲はまだかろうじて残っていたが、如何せん夜は夜で眠くなる。読みたい衝…

散文26『ランニング』

先日足がつった。これは完全に運動不足である。確かに、思い出そうとしてもいつ運動らしい運動をしたか思い出せない。久しぶりに思い立って、私は下駄箱の奥から昔使っていたランニングシューズを引っ張り出してきた。 さてどこを走ろうかと思ったときに頭に…

散文25『WIN-WIN』

あのあと…とは楽器屋で佐久間さんと会った日のことだが、我々は簡単な雑談をして、私のほうが先に店を出た。私の心の中では、楽器購入に関しては無期限の検討期間に入った。佐久間さんには申し訳ないが、まず楽器の難しさに私の心が折れてしまったのが大きい…

夕方オレンジ

放課後の教室。机に頬杖をつきながら、うっすらと開けた瞼の隙間から夕陽の端っこを捉える。 開け放った窓から入る生暖かい風と、部活を終えた学生たちの笑い声。 誘われるように窓際に立ち、眺めた空は一面オレンジ色。温かくて、少し寂しい。 グラウンドを…

散文24『偶然の再々会』

私は再び楽器屋の前に立ってた。目的はもちろん、楽器の購入検討を進めるべく、である。 とはいえ、まずは楽器に触れてみないことには分からない。前回店に来た際に、メガネ屋の店員こと佐久間さんが教えてくれた、試奏とやらを試してみようじゃないか。試奏…

散文23『本屋』

仕事の休憩中、久しぶりに買った小説を読んでいるとハトソン君が声を掛けてきた。 「センパイ、何を読んでるんですか?」 「あぁ、これか。この前、本屋に行ってジャケ買いしてしまったんだ」 そう言って私は読んでいたページに栞を挿み、本を閉じた。 「こ…

散文22『滅びの言葉』

のんびりした時間が過ぎる昼下がり。私は昨日観たアニメのことを思い出していた。毎年のことだが、夏の終わりはやたらに名作アニメが流れている気がする。 「なぁ、ハトソン君」 「何ですか?」 「昨日の〈ラピュタ〉観た?」 「はい、一応」 「だよな、“一…

散文21『木漏れ日と陽炎③(完)』

図書館に着いたのは、一昨日よりも少し早い時間である。何も確証は無いが、先日見かけた女性がもしかしたら同じような時間帯に来ることくらいしか、私が希望を託せるものは無かった。 私がしばらく車の中で待っていると、一台の車が入ってきた。運転席を注視…

散文20『木漏れ日と陽炎②』

昨日はあの後、図書館に戻り本を探してみたが結局見つからなかった。私が探している本は児童書の、シリーズ物の一冊であった。本の内容よりもどちらかと言うと挿絵のほうが記憶に残っていて、おぼろげな記憶を頼りに、図書館に置いてあったシリーズ全てをパ…

散文19『木漏れ日と陽炎①』

ふとした時に思い出す。私には読みかけの本がある。いや、正確には読みかけだったか、読み終えたかすら曖昧な記憶である。恐らく小学生の頃に読んでいた本だと思う。今までも定期的ではないが、何かの拍子にその本のことを思い出し、そういえばあの本読み終…

散文18『氷ダイエット』

「暑いな…」と、ついつい言ってしまう。 「知ってます…」と返すハトソン君も、いつも以上に元気がない。 お互いに、どちらかと言うとアウトドア派ではない二人にとっては、梅雨が明けた夏の日差しは命の危険を感じざるを得ない。 「今日は真夏日だってな」 …

散文17『優しい人』

今日は『喫茶ネロ』にやってきた。先日、環くんから相談を受けて以来の来店である。 「いらっしゃませ! あっ」 私のほうは環くんがいるのを予想して来店したのだが、まさか彼のほうに、声と表情に出るほど反応があるとは思わなかった。 「やぁ」と声を掛け…

散文16『若人よ』

お昼の休憩を告げるチャイムが鳴ると同時に、ハトソン君が声を掛けてきた。 「すみません、センパイ」 「ん、どうした?」 「ちょっとお話があるのですが、お昼はお出掛けですか?」 「まぁ、コンビニで弁当でも買って来ようかと思っていたが。すぐに戻って…

紫陽花

幼い頃の、母との思い出。 雨の日の散歩中、道端に咲く紫陽花に足を止め、傘を差し出した私。 「どうしたの?」と微笑む母。 「お花さんが可哀そう」 「紫陽花はたくさんお水を飲んだほうが、きれいに咲くのよ」 そう言って屈んだ母は、大きな傘に私を入れて…

散文15『告白』

日曜日の午後、先週の環くんのことが気になり、ついつい『喫茶ネロ』に来てしまった。老婆心ながら、困ったことがあれば、彼の力になってやりたいと思ったのである。 店の扉を開けると、いつものように環くんの声が返ってきた。 「いらっしゃいませ!」 挨拶…

散文14『環くん』

休日。運動も兼ねて、私は駅を目指して歩いていた。すると前方に、信号待ちをしている環くんの姿を認めた。環くんとは、うちの近所にある『喫茶ネロ』のバイトの男の子である。特に親しいわけでは無いが、人伝てに大学生だという話を聞いたことがある。いつ…

散文13『オーパキャマラド』

休憩時間、給湯室からコーヒーを淹れて戻ってきたハトソン君に、私は先日の楽器屋での出来事を話し掛けた。 「なぁ、ハトソン君」 「はい、何でしょう」 「ちょっと前に、楽器を始めたいと言っただろう」 「はい、言っていましたね」 ハトソン君は私に視線を…